ほうれん草は私の子どもの頃と全く違うものになってしまった野菜の一つです。舌全体に広がる土の恵みを蓄えた味わいは格別でした。いつかあのほうれん草が甦ることを願いながらの試作でした。今のほうれん草はかなり優しめな味わい。舌にフックラと寄りそう、柔らかな土の恵み。そして油揚げって素晴らしい。昔も今も日本の名脇役。優しい、柔らかな味を精一杯支えます。
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実家の小さな庭の片隅に、山芋の蔓が一本のびていました。そこに毎年小指の先ほどのむかごが、葉の付け根のところにたくさんつきました。いつもはそれをとって集めて、ふかして塩を振って食べました。嬉しい、舌に少しぬめりをもって寄り添う素朴な味わいでした。「炊き込みご飯」にこれは格好の素材。売っているむかごでも、記憶の味わいに、すんなり重なりました。懐かしさに満ちた、滋味深い味わいは心をポッと暖かくしてくれます。切り昆布を加えることで、むかごの味わいがよりしっかりしました。
ポックリ温かい、楽しく嬉しい栗ご飯。でもご飯の中にポツリポツリの淋しいお上品な栗では、秋の嬉しい自然の恵みを味わうことなんてできはしません。 秋の恵みをたくさん、ワイワイ、ガヤガヤと。栗はアク抜きはせずにそのまま使います。今の栗にアクなどありません。銀杏は焼いて皮をむくのは慣れないとちょっと大変かもしれません。無理な時は入れなくても十分おいしく出来ます。水煮の銀杏は味わいがないので、入れない方がよいです。
どういう訳か、昔からほっけは大きいのに安く、しかもおいしく、まったく嬉しい魚でした。そして味わいが豪快で厚みのある味わいは大好きでした。これをご飯に加えれば!! やはりとんでもなく旨いほっけご飯が出来ました。滋味溢れる味わいに、夢中でご飯をかきこみます。
たまにはちょっと軽やかなリズムを持ったご飯もいいものですよ。爽やかな、様々な野菜の上に、爽やかな焼きなすが香ります。涼しげな衣のような花かつおをまとい、つつましやかに歌う野菜にタクトを振っているよう。ん、なんかしゃれた軽やかなご飯です。
これは私のオリジナルの、しっかりした力のある味わいのカレーです。 カレーにももちろん、いりこは入ります。可能な限り添加物を使わないようにと考えましたが、このカレーは私の傑作中の傑作。どうしてもカレー粉だけではこの味わいが出ないので、ハウスのジャワカレーを使っています。
軽やかな歯ざわり、甘い蒼い香り、さやえんどうはいつでも夏を予感させる春の終わりの爽やかさでした。一口頬張ると、カリンとした歯ざわりに心はプルンと震え、嬉しさに身体はポッと染まります。もう一口頬張れば、どんなに悲しいことがあっても、心はひとりでに上を向く、軽やかな季節の息吹に満ちた味わいです。
子どもの頃、年に10度ほどの混ぜご飯の中で、子どもにとって至上に(少しも大げさではありません)嬉しさは、何と言ってもグリーンピースご飯でした。食べ始めたらもう、何も考えられません。十分に噛みもせず、とにかく口の中にかきこみます。そして本当にお腹がパンパン。動くのが大変になるまで食べました。何度も作りました。グリーンピースご飯は豆と一緒に炊くのが一番おいしい。グリーンピースの舌に暖かくもったりと寄りそう安心感そのものの味わいが、ゆったりと口の中に溢れます。
皆さんの鶏ご飯のイメージって、薄味で、「何となく鶏ご飯」というものでしょう。そんなんじゃ、駄目駄目。料亭の上品ぶった、何の印象もない味わいは家庭のご飯には必要ありません。心と身体が浮き立つように、鶏肉の味が温かくふっくらと力強くなるように、なんでもかんでも賑やかに入れちゃいます。
たっぷりとツナを入れ、豪快な味に仕上げます。切干大根と豆類のふっくらとした味わいが豪快さをもっともっと盛り上げます。その日は何かよいことがありそうな気がしてしまう、心広がるおいしさです。
ひじきにはたっぷりの砂糖。誰もがそう思い込んでいますが、そんなことはありません。砂糖から解き放してあげればひじきってこんなに力があって太い味わいなんです。
まず、日々作ってほしい基本となる白いご飯(白米+タイ米のご飯。イル・プルーでは、「ナチュール」と呼んでいます)をご紹介します。
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