峻烈なる道程弓田亨

弓田亨のこだわり 孤高のお菓子作り 生菓子について

ただ偶然にどこよりも旨いのではありません。
素材やお菓子への鮮烈なイメージを
寸分違わず作り上げようとする強い意志が、
食べる人に喜びと感動を与える生菓子を生み出すのです。

フランスでは生クリームでも卵でも粉でも、ほぼすべてが日本のものとは全く比較にならないほど味わいが豊かで深いおいしさがあります。生菓子を作る時も、マスコミなんかにほめられようと変な気を起さないで基本にのっとって素材を混ぜ合わせれば、ほぼおいしいお菓子が難なく出来ます。

例えばカシスのババロアなどでは、カシスのジュース、卵黄、生クリームなどにしっかりした暖かい包容力のあるおいしさがあるから、別に意識しなくても主となる素材カシスの特性を助け、膨らませるように働きます。しかし日本の素材は味わいに豊かな膨らみがなく、薄っぺらで主となる素材に対しては意地悪に働きます。卵黄には飼料に加えられた魚粉によって不快なニオイが出たり、生クリームから離水したりして、中心となるカシスの良き特性を消そうとするように働くのです。ですから、フランスと同じ材料の分量や技術(レシピ)では、全く異なるまずい味わいしか出来ません。

ですから日本の素材に合った材料の分量や作り方を考えなければならない。特に生クリームやバターを作った生菓子などは、工程がより複雑になるために、素材の善し悪しが4割、技術が6割と、技術力の比率が高くなります。シンプルな配合と工程のフィナンスィエ等の焼き菓子は、アーモンド、バターなどの素材の善し悪しが8割、技術が2割となります。

日本では、フランスで菓子を作るようにシンプルに素材同士を混ぜても、欲しい味わいのイメージ、おいしさは得られません。お菓子を作り始める以前に、まずこんな味わいのお菓子を作ろうという鮮烈なイメージがなければ、材料の分量や技術を組み立てることが出来ないのです。

河原の石ころほどにフランスに渡ったパティスィエはいますが、ほとんどのパティスィエはフランスでは寝ぼけながらしかお菓子を食べてきていないので、様々な素材やお菓子の味わいを微に入り細に入り記憶して来ていない。ただレシピを持ち帰って来るだけです。

私の1回目の渡仏の間の、苺を食べた時の、その都度の味わいの印象を書き留めたノート、2ページを埋め尽くしています。苺のどんな小さな表情も見逃さずに描き続けることによって、実際の苺以上のイメージがあれば必ずレシピや技術はそれに向かって組み立てられていきます。私は、フランスで得た様々の素材への鮮烈なイメージを日本に持ち帰り、その味わいに向けて日本の素材を使ってのレシピを組み立ててきたのです。

しかし大方のパティスィエは、機械的にフランスのレシピと技術を考えなしにフランス菓子を作ります。それではフランスの味わいが再現できるはずがありません。

イメージの次は、日本の素材の特性に従った考え方、技術を組み立てることが必要になります。例えばカシスのババロアに使う生クリームです。生クリームは水中油型というエマルション(混ざり具合)であって、「脂肪分40%の生クリーム」といえば、水分は50%前後あるということ。フランスのものは水と脂肪球の結びつきがとても強いのですが、日本の生クリームはこの結びつきが全く弱いのです。温まったり、果汁などの酸にあったり、冷凍するとすぐ離水して生クリーム、お菓子の味わいが著しく損なわれます。日本で生クリームを使う場合は生クリームの温度管理が最も大事です。とにかく出来る限り温まらないように扱わなければなりません。

  • ●あまり扉の開閉の少ないところに生クリームを常に3℃以下に保つ。
  • ●生クリームを出し入れする時は庫内が温まらない出し入れする時は庫内が温まらないように迅速にする。
  • ●生クリームを泡立てる時は必ずミキシングボウルを0℃に冷やしてから生クリームを入れる。
  • ●泡立てた生クリームややはり冷やしておいたボウルに移し、たっぷりの氷水につけた中で扱う。
  • ●生クリームを混ぜ込むムースなどは温度計で正確に15℃まで計る。
  • ●生クリームを混ぜ終わったムースは冷凍庫で冷やしておいた絞り袋に入れ、右手に冷凍庫で冷やしておいた軍手をはめて手の熱が生クリームに当たらないように絞りこむ。
  • ●ムースを絞りこむ型やビスキュイなどの生地は前もって冷蔵庫で0℃近くまで冷やしておくか、冷凍するお菓子の場合は、凍らせておく。

ここまで徹底して、正に熾烈に温度管理をしながら作り上げます。細々としたことに気づかいながら仕事を進めれば、当然手間はかかり、大変になります。ほとんどのパティスィエはもっともっと適当に生クリームを扱っています。だから旨い生菓子なんか出来る訳がありません。

旨い生菓子作りのための6割の技術を私達はここまで厳しく積み上げてきました。これがイル・プルー・シュル・ラ・セーヌのお菓子作りなのです。ただ偶然にどこよりも旨いのではありません。

そして、これはお客様が店で買われ、家で食べられる迄、温度管理しなければならないと考えています。特に生菓子のための包材は値段も高いのですが、万全を期さなければならないと思っています。

でもこれを貫徹するのは一軒の店でも大変なのです。支店を出せば、安定したおいしさなんて絶対不可能なのです。だから私は、支店は出さず代官山の一店だけなのです。

20年前、一つ目の店を開いた時には、未だ焼き菓子が少しで、生菓子が80%ぐらいでしたが、全くそれまで存在していなかった味わいの領域のお菓子に、お客様もパティスィエも驚かれ、そのおいしさに感動されたとの話をたくさんいただきました。そして今の厨房で作られるお菓子も本当においしくなってきました。それはやっとシェフ始め全員が、1つ1つの工程の意味を理解してきたからです。

素材やお菓子への鮮烈なイメージ、そしてそれは寸分違わず作り上げようとする強い意志がなければ、食べる人に幸せと喜びと感動を与えるフランス菓子を作ることは出来ません。そしてこれらを、執念をもって成し遂げようとするパティスリーは、このイル・プルー・シュル・ラ・セーヌと、私達の流れをくむごく少数のパティスリーしかありません。

このページのトップへ戻る

© IL PLEUT SUR LA SEINE Kikaku Co., Ltd.All Rights Reserved.