ダックワーズは、イル・プルー・シュル・ラ・セーヌの
菓子作りの芯となる考えを確立していく中での、
避けては通れないお菓子だと思います。
ダックワーズを日本で楕円の小さな形に最初に商品化されたのは、友人である福岡市の「フランス菓子16区」を経営されている三嶋さんです(フランス菓子16区のHPはコチラ)。
味わいとしては、1つの小さなダックワーズの生地の中に、香り、食感、味わいを少しでも多く投げ込んで、存在感のある味わいを作り上げ、これにやはり力とふくらみを持ったクレームを挟み、2つを競い合わせ、五感に語りかける混沌とした味わいを目指したものです。
オープンしてから3~4年頃からどんどん売れだしました。お歳暮の頃になると、毎日大きなミキサーで12~13回分作りました。個数にして約1000個以上。それだけで一日25万円の売り上げがありました。
6月から10月まで、お菓子屋は全く暇で大赤字です。売れる時に売らないとやっていけません。12月20日頃になるとクリスマスのためのビュッシュ・ドゥ・ノエルの仕込みが始まります。2~3時間しか寝られない中で、やはりダックワーズはいつものように作る。
皆が疲れ切った頃に、必ず1回は、12~13回分全てのダックワーズが歯切れの悪い今一つのものが出来上がります。ちょうどその時、私がいなくて最後まで仕上げたものを、1個ずつ小さな袋に入れるのが私の仕事でした。まず1個味見をする。
「何だ、これは。いつもの歯切れではない。売れないではないか。イル・プルー・シュル・ラ・セーヌの味ではない」
暫く悩みます。本当に悩みます。
「しかしお客様にこんなものをお出しする事は出来ない」
何度もの自問の後に、いつも出る結論は、いつもこれだけでした。気がつけば「こんなもん、出せるか!作り直しだー」と、叫んでいる自分がいます。厨房全体が凍りつきます。私も凍りつきます。誰の顔にも表情が失せています。
「あーあ、今日は全然寝れないか」
皆も私も、ただ絶望感にへたり込みそうです。そのまま捨てるわけにはいきません。もう一度使うために、100個以上のダックワーズからクレームを1つずつ取り除いていきます。
私も自分の訳のわからぬ、融通の利かぬ性格に嫌気がさしながら、クレームを、ただ無表情に取り除き続けます。
最も多忙の年末、毎年最低1回はある年中行事でした。
しかし、この経験を通して、イル・プルー・シュル・ラ・セーヌのお菓子は常にお客様に喜んで頂けるものでなければいけない。満足して頂けるもの以外は作ってはいけないという、過 酷な命題が確立されたように思います。そして一緒に働く若者に同じ考えを共有させることが 出来たと思います。こんな歩みがあるダックワーズは、いつもとても気になります。
自分の子供が生まれた時から一緒に風呂に入り、いつも身体を洗ってやる中で成長していく。そんな感覚です。生地の表面をちょっと見れば、その生地の歯触り、口溶け、全てすぐに分かります。ダックワーズは私にとって、そんなお菓子なのです。
オープンから何年かはアメリカ産のアーモンド・パウダーを使っていましたが、自らスペインの秀逸なアーモンドを輸入し始めてからは、このダックワーズも、もうこれ以上望めないおいしさになりました。他の店のダックワーズしか食べたことのない方は、ダックワーズはあまりおいしいものではないと思っておられる方がとても多い。
しかしイル・プルー・シュル・ラ・セーヌのものを一口口にすれば、そんな考えは吹き飛んでしまいます。
私共のお得意様へのお中元・お歳暮は、ほぼいつもイル・プルー・シュル・ラ・セーヌそのもののダックワーズです。それでも多くのお客様から「いつもいつも本当においしい」「他の店のどんなダックワーズよりおいしい」というお便りを頂きます。