誰もこのジャムの凄い味わいを正しく予想することは出来ません。もちろん私も自分でジャムを作りますし、これまで何度も他のものを食べてきました。でもジョアネさんのフランボワーズ、カシス、グロゼイユのジャムは、一口、口にすれば、それまでのジャムへの概念があっという間に消し飛びます。筆舌に尽くしがたい、強すぎるほどに五感が揺さぶられる旨さなのです。大地の恵みが、香りに味わいに、少しの切れ目もなく濃密に凝縮しているのです。無限の旨さの要素が私の心と身体に覆いかぶさり、フランボワーズやカシスの畑に今でもたくさん見つけられる様々の化石を作り出した命の鼓動が音もなく私の感覚に伝わるようなのです。静かな安堵が私の全ての領域にしみていきます。
ある方がこのカシスジャムを初めて口にした時、正に全身が「瞬殺」されたという表現をなさいました。初め私は、この今風の言葉に違和感を覚えましたが、確かにこの一語は、このジャムの味わいの凄さを的確に表していると思います。グロゼイユはカシスやフランボワーズほどに主張のある個性的な味わいではありません。
グロゼイユそのものも穏やかで優しい、子どもの頃の味わいの記憶の中にあるグミの味わいに少し似ているように思えます。これに多量の砂糖が加えられれば、その優しい味わいは隠れてしまいそうです。ちょっと慣れないと一口目は確かに甘さだけの何の変哲もないジャムに思えます。でも2~3回パンにつけて食べてみると次第に心を覆いつくすような力強い味わいが現れてきます。そして甘さに負けていたような酸味に暖かい表情の機微が現れてきます。実は甘さを従えた、とても太い味わいのジャムなんです。しばらく私はやみつきになりました。小さなひと瓶でも、贈る人の心はこのジャムの味わいほどに力をもって熱く伝わります。