弓田亨商店

香りは味わいの最も大事な要素

私なりの味わいの分析法です。

味わいを三つの要素に分けます。香り、食感、味が一つの大きな全体の味わい、おいしさ、まずさを作りだします。
「香り」は口に入る前の香りから続き、飲み下した後の残り香までもが含まれています。これは食べ物から昇化する気化成分によって鼻腔で感じる化学的反応です。

「食感」は口に入れてからのパートゥの崩れ方、口溶け方、喉ごしまでの、様々な種類の圧力とその強弱の感覚です。これにバターやチョコレートのカカオバターなどの固体から液体に溶ける時の融解熱などが含まれる物理的な感覚です。融解熱は舌から多めの熱が摂られるので、シャープで涼し気な口溶けを感じさせます。

三つ目が「味」です。これは唾液に溶けた成分が舌に与える化学的な反応です。
この三つが口に入れる前の香りから飲み下した後の喉ごし、残り香まで含めた過程の間で、多重性と多様性をもって立体的に複雑に影響し合い、一つの味わいを作り上げます。

味わいには絶対的な味わいはありません。他の様々な要素との相対的な関係なのです。本当においしい味わいが、何か異なる香り、食感、味わいの一つでも加わることによって、全くまずいものに変わってしまいます。

勿論、この反対の場合もあります。この三つの要素の中で最も大事なのが香りなのです。
人間のDNAの情報の中には無限の食べ物に関する良い情報、悪い情報が蓄積されています。
まず香りは目の前にある食べ物が、これを食べても命をおびやかすものか、身体に良いものかを見極めようとします。もし毒を誤って口に入れてしまえば、それで命は停止してしまうので、あらん限りの情報を駆使して判断しようとします。
口に入れて大丈夫と判断した場合も、実際に噛んでみた食感によって、さらに安全性を確かめようとします。
そして舌に感じる味によっても、更なる最終的な確認をします。まだ飲みこまなければ大丈夫かもしれません。

毒を飲み込んでしまえば、取り返しのつかないことになりかねません。そこで口に入れる前の香りから最大限の情報を得て的確に判断しようとします。本当においしくたくさん取り入れるべきものだと判断されたものには、安堵の感覚が生まれます。これがおいしさなのです。
本当においしい、心を打つお菓子や料理には必ず印象的な香りがあります。私共イル・プルー・シュル・ラ・セーヌのお菓子・料理は、もちろん食感、味も大事ですが、香りを特に大事なものと考えています。私共の食べる人の感覚に訴えるおいしさには必ず豊かな香りが感じられます。

食感、味は変わっていないのに本当に良い香りを加えると、全体のお菓子の味わいが生まれ変わってしまうのです。
特に日本の生クリーム、牛乳、卵その他の素材は味わいや香りが乏しいので、フランスでお菓子を作る以上に、バニラエッセンス等の香りの使い方が大切になります。

バニラ

バニラにはバニラ棒、バニラエッセンス、バニラシュガーがありますが、特に日本のお菓子作りには、バニラの役割が重要になります。タヒチ産のバニラを良いと言われる方がおられますが、タヒチ産の薬臭い香りはお菓子には決して向いていません。やはりお菓子作りには昔から使われているマダガスカル産のブルボン種のバニラが一番ふさわしい、自然で甘い香りなのです。
フランスでは加えない場合でも、日本の香りや味わいの希薄な素材では、より多くの工程でバニラを上手に使われなければなりません。
日本の素材でのお菓子作りでは、バニラの香りの善し悪しが大きくお菓子の味わいを大きく左右することを知ってください。

コーヒー・エッセンス

コーヒーのお菓子には、入れたばかりのエスプレッソの香り、味わいが必要です。勿論、全く同じと言う訳にはいきませんが、深さと厚みと力のある香りのコーヒーエッセンスがあれば、これにバニラエッセンス、時によってはブランデーなどを加えることによって、淹れたてのエスプレッソの印象を作り上げることが出来ます。
伝統的なコーヒーとチョコレートのお菓子のオペラ、日本では私の作るオペラ以上においしいものに出会ったことはありません。それは作り手にフランスで飲む本当に旨いエスプレッソへの確固としたイメージがないからです。何となくコーヒーの香りをつけるといった考えでは印象的なオペラなどのコーヒー味のお菓子を作ることは出来ません。正にこのコーヒーエッセンスは、私のコーヒーへのイメージをしっかりと高めてくれます。
その他いくつものコーヒー風味の本当においしいお菓子を作り上げる手助けをしてくれました。

生クリームと安定剤

生クリームは水と脂肪球が結びあったものです。フランスのものはこの結びつきがとても強く、冷凍後に解凍したり、様々なフルーツの果汁などと混ぜ合わせても、この結びつきは壊れません。
しかし日本の生クリームは、この結びつきが特に弱いのです。冷凍後に解凍すれば必ず生クリームから離水し、お菓子の味わいを損ねます。また杏、グレープフルーツ、パッションフルーツ、マンゴーなどの果汁の酸にはとても弱く、やはりかなりの離水が起こります。
しかしこの安定剤を加えると、脂肪球と水の結びつきはとても強くなり、いずれの場合もかなり離水は抑えられます。通常冷凍庫で解凍した生菓子は、朝と夜ではかなりの劣化が認められます。この安定剤を生クリームに1%ほど加えれば、味わいの劣化がゆるやかになり、より長く良い状態に保つことができます。

セバロム社フランス、イッサンジョー

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