これまで折に触れて、日本で生産される素材は味わいも薄く、また不自然な味わいのものが少なくないことを述べてきました。
どうしても日本で手に入る素材では、主題となる素材の印象を弱めるように働いてしまいます。例えばフランボワーズのムースを作る場合です。日本の卵は、味わいが希薄であると同時に飼料に加えられている鰯の魚粉の匂いが、フランボワーズの味わいや香りを、弱い、濁ったものにしてしまいます。また日本の生クリームには、素材の特性を助けるカラッとした温かい味わいがないので、フランボワーズの果汁と混ぜるとやはりかなり印象が消されてしまいます。そこで、主にフルーツの味わいそのものが生きているリキュールは味わいのために、オ・ドゥ・ヴィは香りを印象的にするために加えて、全体のフランボワーズのイメージを高めてやらないと食べる人の心を動かすおいしさは作り出せません。
フランスから比べれば、はるかに素材の品質がよくないこの日本では、よいフランボワーズのピューレとともに、秀逸なリキュール、オ・ドゥ・ヴィが必要なのです。ルゴルさんのオ・ドゥ・ヴィ、ジョアネさんのリキュールは、秀逸の極みであり、私のお菓子作りには、この二つの素材を欠くことは出来ません。
オ・ドゥ・ヴィ(フルーツブランデー)は、糖分と旨味を十分に含んだフルーツをアルコール発酵させ、これを蒸留してステンレスのタンクで熟成させたものです。オ・ドゥ・ヴィの命は、その香りの豊かさ、表情、後を引く長い香りがすべてです。私どもでは製菓用としては最良かつ値段も手ごろな3年ものを仕入れています。
アルザス地方はさくらんぼやすももなどをはじめとしたさまざまの本当においしい、深い味わいのフルーツが生産されています。仕込みはそれぞれのフルーツの収穫時に行われます。もちろん、このオ・ドゥ・ヴィもフルーツの出来具合が味わいの豊かさにかかっています。ルゴルさんのフルーツを選ぶ目は厳しく、けっして少しの妥協も許しません。例えばキルシュの仕込みでは、トラックで運ばれてきた大量のさくらんぼを長さ5m、直径3mほどの発酵槽にポンプで吸い上げます。ホースを通る時に自動的にさくらんぼは砕かれます。あとの発酵は、ルゴルさんの目と鼻、まさに熟練の感覚で管理されていきます。毎日発酵槽の上の50cmほどの穴から長い棒でかき混ぜ、酸素を入れ、自分の目と鼻で最良の状態に発酵を導きます。その品質は、キルシュ、ミラベル(フランス産辛口ブランディー)などを頂点とし、国際品評会で毎年のように金賞、銀賞の高い評価を得ています。それは人の手だけで作られたとは到底思えない、神の手を借りた恵みの味です。口に含み、軽く口を動かし、喉へゆっくりと送ります。そしてゆっくりと鼻孔へ息を流します。香りが、艶やかに、きらきらとゆらめきながら、決して途切れることなく頭を突き抜けます。
私はいつも思います。
「まさにこれは神様の息吹なのだ」と。
こんな素晴らしすぎる素材で、この日本でお菓子を作ることの、自分の人生の運の良さを感じてしまいます。凄すぎるオ・ドゥ・ヴィ、これ以外に言葉はありません。皆様もよく知っておられるルレ・デセールの会員の多くも、ルゴルさんのオ・ドゥ・ヴィを使っています。しかしほとんどの日本のパティスィエは、このルゴルさんのリズム感のある繊細でありながら力強い香りの広がりを過度にアグレッシブなものとしか感じられないのです。これは悲しいことです。私は誰よりも旨いお菓子を作れる自信があります。でもこれらのオ・ドゥ・ヴィやリキュールがなければ菓子作りはより難しく、技術は複雑になってしまいます。
リキュールはぶどう酒を蒸留して得た90度のアルコールにフルーツを2~ 3ヶ月漬け込んでから軽く撹拌し、カシスなどは皮を漉して砂糖を加え、瓶に詰めたものです。これは、そのままあるいはその産地の発泡酒であるクレマンや白ワインで割って食前酒として飲まれます。リキュールの良し悪しは、まさに果物次第なのです。フランス、ブルゴーニュ地方のジョアネさんの畑には、今でも大小の化石が簡単に見つかります。たまに降る雨がこの化石を微量ずつ溶かし、畑の土に豊かなミネラルを補給し続けているために、信じられぬほどの深い力に満ちた味わいのカシスやフランボワーズが収穫されるのです。そして、このカシスとフランボワーズの香りには、この化石がもつ共通の懐かしさに満ちた蒼くさい匂いがあります。
そして、少量を正に手作りで作っています。多くのフランス人でさえ、この秀逸なリキュールの存在を知りません。正にブルゴーニュ地方でも知る人ぞ知る、筆舌に尽くしがたい味わいをもったリキュールなのです。
一口、口にふくめば、豊穣の極み、コート・ドールの地にふっと降り立ったような、静かで新鮮な覚醒、蒼い想いにふとふるえるのです。何故か、私の命の源に辿りついたような懐かしく優しいおいしさなのです。日本に輸入されている大量生産の、混ぜ物の多い他のリキュールとは一緒にしないでください。比べてみれば、誰もが分かる歴然とした味わいの差があります。こんなに素晴らしいカシスやフランボワーズ、そしてそれらから作られるリキュールは、決して人の手だけで出来たものではありません。ルゴルさんのオ・ドゥ・ヴィ同様、神様の力を借りなければ出来ないと私に思わせてしまいます。
ブルゴーニュの農民は純朴です。昔ながらの作り方で、今も寸分の違いもなく作り続けられています。ジョアネさんのリキュールは、そのまま飲んでもとにかく旨すぎる。
私にとってはまさに夢見心地です。これらのリキュールを使えば、お菓子は艶やかな、深いおいしさを作りだしてくれます。
食前酒として、よく冷やして少量をそのまま飲んでもとにかくおいしい。 軽めのブルゴーニュの白ワインや発泡酒で割って飲めばもう食事の初めから夢見心地に包まれます。一杯のリキュールがこんなにも楽しいディナーを作りだしてくれる。信じられません。一杯の食前酒、心は軽くあのコートゥ・ドールの丘の上に舞い上がります。
※ 2013年から皆様にお届けしているフランスと同じ味わいの “奇跡のワイン”ブルゴーニュの白ワインやクレマン(発泡酒)をジョアネさんのリキュールで割れば、もう心は懐かしい嬉しさにふるえます。
アルザス地方ヴィレ渓谷にあり、様々な蒸留酒を作っています。社名にアルティザナル(職人の)とあるように、ルネ・ルゴル氏の職人気質による細やかな蒸留技術にはゆるぎのない定評があります。また、アルザスは滋味豊かな本当においしいフルーツが生産されており、収穫したばかりの新鮮そのもののフルーツを厳選して各種フルーツブランディーを生産、熟成させています。ルゴル氏の作るブランディーはパリ農業展等で金賞・銀賞を数多く受賞しています。
ブルゴーニュ地方、コートゥ・ドールの豊かな土に育まれたフルーツで手作りされたリキュールです。ジョアネさんの奥さんは、ジョアネさんが作るカシスやフランボワーズのリキュールをブルゴーニュのクレマン(スパークリングワイン)で割って飲むのが一番好きだと言います。確かに夢見心地の旨さです。