フランス菓子ではフレッシュのフルーツと共にドライフルーツも様々のお菓子に使います。
しかし日本で手に入る素材はとても味わいが希薄で、多様性・多重性に溢れるフランスの味わいを再現することはとても難しいため多くの部分を外国産の素材に頼らざるを得ません。しかしその中にもなかなか私の舌が満足するものはありません。材料に豊かな味わいがなければ、お菓子を作り上げるための技術も過度に複雑になってしまいます。
私共が扱うドライフルーツは一つずつ、私の感覚が満足するものを長い時間をかけて選び、集めてきたものです。
私の舌が選んだものはお菓子の素材としてのみならず、子どもたちのおやつや、デザートにしても本当においしく、食べる人の細胞に元気を与える幅の広い栄養素を含んでいます。
スーパーなどで見かけるアメリカ産のものでは、あまりにまずすぎてお菓子の味わいが成り立ちません。このプルーンはフランスのプルーンの本場、フランス南西部に位置するアキテーヌ地方アジャン産のものです。豊かなこの地で育ったプルーンは、口の中で途切れることのない力強さを持った豊かな素晴らしい味わいです。私はこのプルーンでジャムを作ったり、パウンドケーキを作ったり、ムースも作ります。味わいに切れ目がなくとても濃密なので、私が期待するお菓子の中の役割を確実に担ってくれ、味わいの組み立てもそれほど苦労することなく作り上げることが出来ます。
お菓子にはもちろん、そのまま食べても料理にもプルーン本来の力に満ちた味わいを得ることが出来ます。本当に旨くて頼りになるプルーンです。
私共イル・プルー・シュル・ラ・セーヌのクリスマスの定番のお菓子であり、アルザス地方のクリスマス菓子のベラベッカ(「洋梨のパン」の意)には、旨いドライ・ポワールが欠かせません。これも何か所から取り寄せ、ようやく探し当てたものです。果肉の中に豊かすぎるほどの成分が含まれていて、オ・ドゥ・ヴィに漬け込むと得も言われぬ五感を包みこむ深い味わいを発揮します。
見た目はとても悪いのですが、口に一度入ると、初めての人には想像も出来なかった正に五感に覆いかぶさる力に満ちた味わいです。拙著「Les Desserts(レ・デセール)」にはこの洋梨などのドライフルーツを煮込んだ、とびっきりのデセールが載っています。じっくりと煮込んでやると、全く異なる表情のおいしさが鮮明に現れてきます。
アメリカ産のドライレーズンは単純な甘さがあるだけで味わいが成り立ちません。しかし、このサルタナ・レーズンは2、3粒口に入れてじっくり噛んでみると、表現できない尽きることのない味わいが小さなブドウの中からわき出てきます。既に私の身体の細胞が待っている安心感に満ちた味わいなんです。こんな味わいを持った干しブドウならお菓子もおいしくなるに決まっています。
何と言っても一番使うのはラム酒漬けのレーズンです。
パウンドケーキ、タルト、アイスクリーム。様々のものに使います。勿論、どれをとっても私共イル・プルー・シュル・ラ・セーヌのおいしさを抜くものは他の店にはありません。この干しブドウもどこにもないおいしさの大事な支柱の一つなのです。
トルコ産のイチジクには舌全体に豊かな味わいが広がる、身体が安心する旨さがぎっしりと詰まっています。
優しい春の香りを漂わせる干し杏です。日本の生の杏は、味も香りも何もありません。本当に不思議な食べ物です。食べる意味も見つかりません。フランスの春はアフリカのモロッコから来る杏で色づき始めます。そして季節と共にフランス国内の、南から北へと産地が北上します。
本当に春の香りなんです。このうえない春の香りなんです。生の杏をかじると厚みと力のある香り、味わいに、あーあ、いよいよいい季節が来るんだなぁという思いが一度に膨れ上がります。家ではお母さんが杏のクラフティを作り、お菓子屋さんでも杏のクラフティ、タルトゥ、ムースが並びます。心が浮き立ちます。
でも日本産の少しの味も香りもない生の杏ではムースにもタルトゥにも使えません。本当に淋しい。そこで形を変え、干し杏をジョアネさんの杏のリキュールに漬け込み、カタルーニャ地方レリダのアーモンドでクレーム・ダマンドゥを作り、タルトゥを作ります。生の杏のおいしさとは違う、とても心を打つおいしさが生まれます。あるいは干し杏を一晩水に浸けて戻し、砂糖、バニラ棒を加えて弱火でことこと柔らかく煮ます。清々しい杏の味わいがかなり再現されます。これをアプチュニオン社の杏のピューレ、ジョアネさんの杏のリキュールを加えてムースを作り、その中に杏のシロップ煮を挟みます。日本では見つけられない素直な春が生まれます。