私の友ドゥニ・リュッフェルは、かつてコーヒーとウイスキーのパウンドケーキを食べて、「パティスィエならこれほど旨いお菓子を作り出す才能に嫉妬を感じるのが自然だ」と言っていたそうです。それを聞いて私も本当に嬉しかった。イル・プルー・シュル・ラ・セーヌのお菓子はフランス最後の正統な伝統の天才にもそう言われるおいしさなのです。
パウンドケーキもまたイル・プルー・シュル・ラ・セーヌの歩みそのものなのです。その時々に、幾多の感動を与えるパウンドケーキが私の手を離れていきました。一度食べれば、他店のものとは全く次元の異なるおいしさに、誰もが驚かれます。一人の人間が作り出したとは思えない、様々の表情を多様に織りなした味わいなのです。もう一度私が生まれ変わってパティスィエになったとしても、同じものは作れない。そんないとしいものばかりです。一人の人間の心から、これほど表情の異なるおいしさが生まれることに、今さらながら私自身が驚くのです。
このケック・オ・フリュイ（フルーツ・ケーキ）はイル・プルー・シュル・ラ・セーヌの品格を表します。様々の香り、味わいが幾重にも多様性をもって重なり合うフルーツケーキ。私の心の中のシャガールを映したかのよう。静けさの中から人の情念が途切れることなく迫りくるおいしさです。このおいしさは誰にも到達することは出来ません。
紛れもない天賦の才が与えた史上最も美味なるチョコレートのパウンドケーキです
私にしか出来得ない、正に至高の味わいです。類まれな五感に厚く語りかける思いに満ちたペルー産のショコラ（ペック社）。その様々な感覚を少しも、一つも消さずに、さらにその上に様々の要素を重ね、素材のショコラをさらに大きく作り上げ、共鳴する、私にとっても「とんでもなく、んめぇ」ものが出来てしまいました。もう食べてもらうしかありません。
キャラメル生地にぶどうジュースで煮込んだこれでもかとばかりに様々の味わいの要素を詰め込んだ干しイチジクを挟み焼き上げます。これほどまでに人間の意志が濃密に一つのお菓子の中に移入されたことはなかったと思います。深く、厚い味わいは、意志を持って心にしみ入ります。ここにあるパウンドケーキの中では最も早く出来たもので、最終的に出来た味わいは自分でも驚き、そしてとても大きな到達感を私に与えてくれた、私にとってとても印象深いパウンドケーキです。
フランス、ブルゴーニュ産の杏のリキュールに漬け込んだ、干し杏が私の心と一つになり、正に春の目にしむ光と鳥のさえずりに包まれる、まばゆいおいしさなのです。どんなに心の落ち込んだ時でも、心と身体に春の慈しみの陽光が満ちてきます。感覚が若々しく蘇ります。
