第6回:西坂直樹さん(「スタジオナップス」代表、カメラマン/福島県郡山市)
【その4】僕はね、「ルネサンスごはん」は「生き方」だと思うんです。
まるで弓田さんはこの日のために、「ルネサンスごはん」を作ったのかな。
そんな風にさえ、僕には思えるんです
──西坂さんは現在も郡山に住んでおられますが、ちょっと3.11の時のお話を伺ってもよいでしょうか。地震の時はどこにいらっしゃったんですか?
西坂直樹さん(以下:西坂) 会津の裏磐梯にあるホテルで、料理の撮影していました。物凄く揺れたんで、最初は磐梯山が噴火したのかと思いました。結構揺れが長かったでしょう?
家に帰るのは大変でした。土砂崩れで通行止めでしょ。僕は災害救助犬ネットワークの理事長もしているのですが、自宅に夜8時頃戻り、そのまま準備をして、夜10時には救助隊として出動していました。うちの犬と一緒にね。最初に向かったのは原発のあるエリア波江町でした。
──その時はまだ原発が爆発してない頃ですか?
西坂 メルトダウン、メルトスルーの報道前でしたが、その頃にはもう、どういう状況なのか分かっていたので、我々は波江捜索を変更し、迂回して南相馬市まで行き、そこでまず捜索活動を始めました。
結局地震の日から一ヵ月、南相馬に始まり、宮城、岩手と、捜索活動に行きました。あれだけの距離があると大変ですよね。うちの犬もガレキの上を歩いて捜索活動をするので、帰ってきた時には足の裏が血だらけでね。少しの間、具合が悪かったですね。
原発がどうなるか分からないから会社は休みにして、状況によってはすぐに避難できるようにしてもらって。避難した場合の連絡方法なども全部決めて、と言う感じでした。
──原発が近いだけに、我々が思う以上の大変さがあったと思います。以前、福島の方に、「地産地消でこれまで頑張ってきたのに、地元の野菜が食べられなくなった」と嘆いている方がいました。
また一方で、福島県の観光産業も大きなダメージを受けたので、広告系のお仕事が激減したとも聞きました。いろいろご苦労もあったことと思いますが、今の心境は如何ですか?
西坂 こういう災害を経てみて、こういう言い方が合っているかは分からないんですが、凄くナチュラルな状態に戻れたような気がします。生きているというだけで、凄く有難い。そう思えますよね。
そして福島では原発事故が起きてしまいました。何しろ「放射能があるのはしょうがない」という前提です。今は、「じゃあどうしようか」という段階に進んでいかないといけないと、思っています。
──以前、「福島の人たちは、福島産の野菜は食べていませんよ」と仰っていたのが印象的でした。今、日々の食事はどんな感じでしょう?
西坂 はい。今、福島の家庭菜園などで採れた食材に関しては、安全か安全じゃないかは分からないですよね。(市場から出荷される物については厳密な検査の後に出回るので、安全です)自分で放射線量を計ることは出来るけれど、学者さんも医療機関も含めて「これが正しい」というラインが出ていません。
ただ僕らの年齢なら特に食べてもリスクはないですが、子どもがいる家ではリスクは減らしておいた方がいいから食べない、という考えの人が多いですよね。
──それは西坂さんの地元のスーパーで売っている野菜が、福島産じゃないものが多いってことですか?
西坂 そうですね。例えばほうれん草でも、地元の露地物と香川産が並んでいたら、香川産を買う、という感じですね。何故なら普段僕らは、福島にいるだけで、高い空間線量(いるだけで浴びてしまう放射線量)の中で常に放射性物質を身体に蓄積しているので、なるべく食べ物からは摂りたくない、内部被爆は避けたい訳です。空間線量も避けたいと言う人は、もう移住するしかないですが…。とにかく、ここに住み、ここで食べていかなければならない人たちが、190万人いるのです。
そして間違いないのは、「放射能を浴び続ければ癌になる可能性がある」と言われているということです。であれば、「癌にならない、なりにくい身体を作る」という考え方が妥当なんじゃないか。そういう意味で、まるで弓田さんはこの日が来ることを知っていて、「ルネサンスごはん」を作ったかのように思えてなりませんでした。
私の古くからの友人で、細胞学の先生がいるんです。その友人が塩分と浸透圧の関係の話をされた時に、「ルネサンスごはん」と同じだな、と思いました。「ルネサンスごはん」は、体に必要な塩分はしっかり摂るという考え方ですよね。もともと人間も海からあがってきた訳だから、人間の体内にも、海水と同じくらいの塩分濃度が必要なところがあって、細胞膜は浸透圧で栄養素を取り入れ、老廃物を出すのだ、と。
ぜひ弓田さんにも会ってもらいたいなぁ。面白い人ですよ。もしかしたら弓田さんと似ているかもしれない(笑)。
──それはぜひお会いしたいですね。弓田は実際に味の点から栄養素が豊かなご飯を作ることが出来た訳ですが、それにプラス、お医者様の目というか、科学の目というか、そういう立場の方からみた「ルネサンスごはん」の見解を、ぜひ伺いたいです。
西坂 今、福島では、安全できちんとした食べ物を食べていこうというところまではきています。そこに、弓田式の「栄養素をしっかり摂って免疫力を高める」という考え方がプラスされたら、面白いと思います。
そう、最近福島では地場野菜を出来るだけ食べようという動きがあります。経済の復興も大切ですので。それで、例えば人参。皮を3ミリ程むいて、塩ゆでを15分すると放射能が95パーセント下がるのです。僕は科学者ではないのでなんとも言えませんが、これは、同時に栄養素も逃がしているように思えます。きっと間違っていますよね。でも、農家を支える事も大切です。強い体を作りながら、地元の農家も守る。きっとルネサンスがひとつの回答のように思えます。
──弓田自身が、「ルネサンスごはん」は自分がオリジナルで考えたものではなく、母や祖母が作っていた料理がベースであり、先人の知恵をもう一度見直した料理法であると言っています。ただ、食材の力が昔と比べて弱くなっているので、昔のままだと同じ量の栄養素を摂れないぞ、という。そういう視点が「福島発」で発信出来たらいいなと思いますね。
西坂 そういえば、こんなこともありましたよ。災害救助犬仲間で、今、三重で野菜を作っている人がいるんです。昔農薬メーカーに勤めていた元科学者で、かつての罪滅ぼしをするんだと(笑)、植物の種の原種に戻っていく作業をしているんです。その人は退職して10年ぐらいずっと畑作りをやり続けていて、ようやく農耕に向く豊穣な土地になってきたそうです。
今回、僕らが「原発の影響もあって地元の野菜を食べないんだ」と言う話をしたら、たくさん野菜を送ってきてくれたんです。そのほうれん草、大根、イモ。全てに食材のしっかりしたニオイがあるんですよ。例えばほうれん草。軽く茹でて醤油をかけて食べるだけで、「ルネサンスごはん」に出てくるようなお浸しの味になって驚きました。
──それ、面白いですね! 結局、昔の味を調理法で再現するのが「ルネサンスごはん」ですから、弓田の味の記憶が間違ってなかった、という証明にもなるかもしれませんね。その野菜のタンパク質やミネラルなどの栄養素をちゃんと調べたいですね。今の、普通に出回っている野菜と比較するためにも。
西坂 仮にミネラルの数値が他の野菜と比べて高いことが証明されたら、それこそ面白いですね。うちのカミサンと二人で「あ、野菜がいいと、この味(ルネサンスごはんの味)になるんだね」って。去年の秋ぐらいなんですけれど。それは意外な驚きでした。
僕が今、「ルネサンスごはん」がらみで、弓田さんに会ってもらいたいなぁ、と思うのは、この二人ですね。
余談ですが、弓田さんの故郷、西会津町ではミネラル野菜(注)を栽培しており、これもなかなか美味しい野菜です。西会津の農家達が自主的に本当の野菜を作らなきゃと始まったものです。西会津のDNAですかね。
(注)「ミネラル野菜」とは、農産物が美味しくなかったり、生育が悪いなどの原因の多くが健康状態の悪い土であると考え、栄養分、ミネラル成分のバランスを整えた健康な土をつくり、そこで育てた野菜や米のことです。西会津では、「にしあいづ健康ミネラル野菜・米」として販売しています。
──なるほど。西会津のDNAがルネサンスごはん作りや、ミネラル野菜を生み出したと考えるのは面白いですね。そして、西坂さんが弓田に会わせたいと言っているお二人とのご対面、ぜひとも何とか、実現したいですね。
では最後に。西坂さんにとって、ルネサンスごはんとの出会いとは、どんなものだったか、教えて頂けますか?
西坂 もともと僕は、今風に言うとロハス的なライフスタイルでした。ただ煙草は吸うし酒は飲むし夜更かしはするんですけれど(笑)。その中で食べ物好きというのがあって。ともすれば高級食材、高級料理がもてはやされていたけれど、それって何か違うよねと思っていた時に「ルネサンスごはん」の撮影をすることになりました。それは新たな出会いをしたというよりは、自分のライフスタイルの延長に自然と入ってきた感じがします。
弓田亨という頑固爺さんと出会えたのも嬉しかったですし(笑)。人生の先輩ですよね。食べ物の話って、大体好き嫌いの話をするでしょう? 「あれがおいしい」とか「どの店がよかった」とか。それは信念とは違いますよね。
僕はね、「ルネサンスごはん」は「生き方」だと思うんです。僕の中で、きちんと食べ物について説明出来るものに出会ったというか。
今、僕は、福島県人としていろんな仲間たちとフクシマ発で出来ることをやっていこうと、行動を起こし始めています。そして“フクシマ発”で食について語る時に、弓田さんともぜひ協力していけたら、と思っています。
──ありがとうございました。
【その1】実は「ごはんとおかずのルネサンス」初版(2003年刊)は、デジタル撮影のハシリでもあるんです。
【その2】毎日撮影で「ルネサンスごはん」を食べた時は、お通じがいい。その時、この料理はきっと正しいんだなって、自分の体調で確信しました。
【その3】西坂流の究極の手抜きワザは「ストック出汁+いりこ」。あとは、「下ごしらえ」と調理法が頭に入っていれば、材料が多少揃わなくてもおいしく作れるのが「ルネサンスごはん」の魅力。