第6回:西坂直樹さん(「スタジオナップス」代表、カメラマン/福島県郡山市)
【その3】西坂流の究極の手抜きワザは「ストック出汁+いりこ」。
あとは、「下ごしらえ」と調理法が頭に入っていれば、
材料が多少揃わなくてもおいしく作れるのが「ルネサンスごはん」の魅力。
──では、そろそろ西坂さんお勧めの手抜きワザを教えてください。
西坂直樹さん(以下:西坂) 我が家でよく作っているのは、ストック出汁ですね。まず、鰹出汁、昆布出汁、椎茸+鰹出汁(←これは蕎麦のつゆにするとおいしい!)の3種類は基本的に作りますね。
──作り方を具体的に教えて頂けますか?
西坂 100円ショップに売っている1リットルの麦茶入れがあるでしょう? あれに、一晩おいた水を入れます(水道水を使っているので一晩おいています)。
鰹出汁は、水の入ったボトルに、鰹節厚削りを6枚ぐらい。
昆布出汁は、長さ10cmくらいの昆布を3~4枚。
椎茸+鰹出汁は、干し椎茸を5〜6枚と、鰹節厚削りを7枚くらい。
沸騰させてもいいんでしょうけれど、面倒なんでただ入れておくだけです。これらを組み合わせて、料理を作る時にストック出汁を入れ、そこに煮干しを投入して作る、というのが主なパターンです。
──煮干しは後から加えることが多いんですか?
西坂 そうですね。煮干しのストック出汁も作っていますが、あまり日持ちしないので、日頃は鰹出汁や昆布出汁のストック出汁を入れ、後から煮干しを加えて調理することが多いですね。また、前夜出汁用に水につけておいた煮干しを浸け汁から取り出してみそ汁の出しと具として使っちゃいます。
僕は仕事で全国に出張で行くので、その土地の乾物を土産でよく買って帰り、「これはストック出汁に使えるかな?」と実験することも。カミサンには、「あなたは出張に行くと煮干ししか買ってこないのね」と言われます(笑)。
今のところ我が家で一番おいしいと評判なのは、青森県の「焼き干し」。普通の煮干しは煮てから干していますが、「焼き干し」はさらにそれを焼くので香ばしくておいしいです。
──ストック出汁は、中に漬けたものも、最終的には食べるんですよね?
西坂 もちろん食べますよ。料理をする時にそのまま加える場合もありますし、使い切れなかった出汁ガラでふりかけを作ることもあります。
──他に何か西坂流でやっていることはありますか?
西坂 我が家には薪ストーブがあるので、冬は煮込み料理が多いですね。朝、具材を入れた鍋をのっけておくと、ちょうど夕方に出来上がっているんです(笑)。肉じゃがみたいな煮物だったり、ひじきご飯のベースになる具をコトコト煮ておいて最後に麩を加えて煮物として食べたり。切干大根煮を出汁で煮るだけでもおいしい。薪ストーブの上だと、弓田さんの言う、理想的な「フツフツと」が維持出来るんです。オリーブオイルや松の実が入るからか、意外にも和食屋というよりは洋食屋みたいな匂いになるのが不思議です。
あと「基本編」に載っているオムレツも旨いですね。これはそもそも本の作り方のままで十分簡単でおいしいですよね。ただ生クリームだけは普段は加えない場合が多いです。
ハンバーグ(→「基本編」P130)も一回覚えると、つくねやミートボールにするなど他の料理への応用が効くと思います。
──西坂さんのお話を伺っていると、「ルネサンス料理のコツ」をいかに体得するかがポイントだと分かりますね。
西坂 僕は思うのですが、必ずしも本と同じに作るのが重要ではないと思うんです。それよりも、いろんな食材から栄養素を摂るという手法を取り入れることの方が大事だと思うので。
手に入りにくい食材もいろいろあると思いますが、ちょっと工夫すればいいと思いますね。例えば腐乳。なかなかスーパーでは手に入りませんが、塩麹とチーズを混ぜると、腐乳とは違うけれど持っている味の構成要素は近いんじゃないかなって考えてみたりすると楽しいですよ。そもそも僕は、何故弓田さんが腐乳を使うようになったのかなと思った時に、三五八(さごはち)漬けを思い出したんです。
──三五八漬け、ですか?
西坂 はい。福島や、山形、秋田などで食べられている、麹で漬けた漬物のことです。漬床に塩、麹、米をそれぞれ容量で3:5:8の割合いで使うから三五八漬けと言うんですけれど。今流行りの「塩麹」の兄弟みたいな発酵食品です。あれと腐乳の持っている構成要素っていうのが似ているからかな、と思ったんですよね。
足りなくなった味わいを、発酵食品の持つ細菌の力を借りるということであれば、腐乳じゃなくても、チーズでもいいんだろうなと、僕は解釈しているんです。あくまで味わいとして合えば、ということですが。
──もともと西坂さんは料理が好きだったんですか?
西坂 そうですね。もともと好きでしたね。
──料理が好きで、ここはこうしたらいいよねって言う勘所が働く人だと、「ルネサンスごはん」を作る時に楽なのかなぁ、と思うことはあります。
西坂 それはあるかもしれませんね。例えばこれだけ全ての料理を間近で見て、味見もしている自分が、本を見ながらレシピ通りに作ったとしても、椎名先生が撮影で作った時と全く同じ味には作れません。それは使っている機材やオーブンも違いますし。もっと言うとお湯の沸点も違うから(注:東京はお湯の沸点は100℃だが、西坂家のある福島県郡山市は標高230メートルなので沸点も100℃より低い)、当然煮込み時間も変わりますし。
──本は参考であって、その時の材料の状態を見ながら味見をすることが大事、ということでしょうか。
西坂 そうですね。僕もカミサンも「ルネサンスごはん」を作っていて思うのは、この本で一番重要なのは下準備と調理法ではないか、ということ。そこをきちんとやれば失敗しないです。
例えば「塩をふって何分」や「このタイミングで次を加えます」みたいなところ。また味噌汁で最後に火を止めて蒸らすといった調理法。分量をきっちり守ることよりも、そういう調理法のテクニックをいろいろしっかり覚える方が、全てに流用出来ますし、それが分かると手抜きもしやすくなると思います。
そう言う意味では、「ルネサンスごはん」は凄く科学的で、弓田さんのお菓子作りにも通じるような合理的な部分がありますね。
──確かにそうかもしれません。あとは、やはり冷凍・電子レンジ問題ですかね。ルネサンスごはんを作っていても冷凍と電子レンジを多用している人は、なかなか効果が出にくいと言いますね。それよりも冷凍、電子レンジを辞めるだけでだいぶ変わる、とか。
西坂 それと真空のパック機は便利ですよ。我が家ではスープなど大量に作っておいた方がおいしいものは、まとめて作って真空パックにして冷蔵庫で保存することがあります。結構日持ちしますよ。食材を余らせないことも大事ですし、同じメニューを食べ続けるとやはり飽きますし。その辺も生活のリズムや仕事のスケジュール次第ですけれど。
──今日は外で食べて帰りたい気分なのにまだ昨日のカレー残ってるわ、みたいなことってありますものね(笑)。ちなみに西坂家では、別の料理に生まれ変わるレシピはありますか? 例えばおでんや肉じゃがを最終的にカレーにしてしまうとか。
西坂 しょっちゅうですよ。そういうのがまた面白いんですよね。
【その1】実は「ごはんとおかずのルネサンス」初版(2003年刊)は、デジタル撮影のハシリでもあるんです。
【その2】毎日撮影で「ルネサンスごはん」を食べた時は、お通じがいい。その時、この料理はきっと正しいんだなって、自分の体調で確信しました。
【その4】僕はね、「ルネサンスごはん」は「生き方」だと思うんです。まるで弓田さんはこの日のために、「ルネサンスごはん」を作ったのかな。そんな風にさえ、僕には思えるんです。